『ザ・コーヴ』が日本公開された3日後の2010年7月6日に放送されたNHKのクローズアップ現代『映画「ザ・コーヴ」問われる"表現"』[>>1]で、早くもこの映画の虚偽性が問題にされているが、ここでは女性ダイバーが流血イルカを見て泣いたシーンのヤラセ疑惑と、映画の最後にテロップ表示された水産庁の諸貫秀樹氏が解雇されたという表記が事実無根である事が指摘されていた。
当ブログでは今年1月のエントリー「流血イルカを見て泣く女性ダイバーのヤラセ疑惑シーンの検証」で映像検証を行い、NHKでは漁師の証言として疑惑レベルに留めていたこのヤラセを完全に立証し、更に流血イルカの映像自体がCGの疑いがある点を指摘したが、そのエントリーに映画製作現場関係者と見られる人物の英語の反論コメントが付いた。
この人物の主張は大まかには以下の二点である:
1. | 自然系ドキュメンタリーで全て本物の映像を撮影する事は不可能であり、ストーリーを再構成するためにドキュメンタリーでは在り合わせの素材が代用されるのは普通に行われる事で、これは映像で物語を表現する手法である。 |
2. | 細かい事実関係を指摘する事は些細な論点逸らしであり、それで太地でイルカが捕殺されている事実を相殺出来ない。 |
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このコメントの主は昨年11月3日に初めて来てから1月8日にコメントを残すまでにほぼ毎日のようにアクセスがあり、このコメントの日に初めて読んだというのは建前である。
また、初訪問時に検索アクセスではなくダイレクトにシリーズ『捕鯨・動物愛護・レイシズム』の目次エントリーにアクセスしているため、「Passerby」(通行人) を名乗っているが偶然通りかかった人物ではない。
ドキュメンタリーの認識が違う点は考慮したとしても
この主張に関する一つの要素としては、日本と欧米でドキュメンタリーの定義がある程度異なるという背景があるらしい。 日本におけるドキュメンタリーとは「脚色や演出を加えず虚構を用いずに記録に基づき実際の出来事を記録したもの」であり[>>2]、再現映像が用いられる場合はそのように表記されるか又は明らかに分るように作られている。
そして虚構を事実として演出すればそれはヤラセと言われる。
一方英米では社会問題の提示がドキュメンタリーの目的でありそのために再現や演出が許容されるのだという。[>>3]
確かにアニマルプラネットのように過剰な演出を特徴とする番組作りの例もあり、これはよりエンターテインメント性が優先されたテレビショーとして作られている。
『ザ・コーヴ』は「自然史ドキュメンタリー」でも「野生生物映画」でもない
この投稿者は、野生動物はベストショットが必ずしも撮影出来る訳ではないために再現や似たようなシーンが代用されるのは普通に行われる事だと主張している。
しかし撮影を拒否する太地の漁師や調教師を無理矢理撮影したり隠し撮りをしたものを「野生生物映画」と呼ぶのは余りにも暴論であり、彼が太地の漁師に対して人権やプライバシーの概念を全く持っていない事を露呈している。
イルカ殺戮は事実だからその他は些細な事
というのは、イルカ漁自体が悪で犯罪でありそれを止めさせなければならないという事が彼等にとっての大前提であり、「悪」である漁師や調教師の人権など最初から考えていないため、NHKで指摘されていた「撮影の手法の問題」自体が彼等にとっては最初から問題ではないのだ。
うつ病の地球科学コーン
つまり彼等にとっては最後の5分間の屠殺映像が全てであり、映画製作側にとってはある意味空しい話だが、たとえ残り85分が全て虚偽だったとしても問題ではないようだ。
「再現」するストーリー自体に根拠がない
そしてこの論の決定的なエラーは、再現したストーリー自体が事実かどうかの根拠がこの映画では全く不明という点への説明になっていないという事だ。
野生動物の決定的なシーンをその時撮れなかったから代用の映像を使うという事と、ある国や人々を悪魔視する事を目的にした虚偽のストーリーを演出するために映像を寄せ集めたりCG合成をするのでは全く次元の異なる話だ。
自然紀行ドキュメンタリーの主張が虚偽であれば科学・学術的な捏造行為となるが、特定の国と特定の人々を批判し糾弾し生活手段を奪うために作られた『ザ・コーヴ』に関して同じスタンダードで語れる筈がない。
この映画の幾つかの捏造でもってイルカ屠殺の事実を相殺出来ないと主張する人物が、屠殺映像を世界に知らせるためなら全ての捏造は相殺出来ると主張しているという、何とも馬鹿げた論である。
英語圏でのドキュメンタリーの定義
一方英米のアカデミックな場におけるドキュメンタリーの定義では、ドキュメンタリーとは事実を扱うノンフィクションであり、再現や演技を含む物をドキュメンタリーと称する事への疑問が呈され、再現や演技の導入が積極的に行われる事が肯定的に捉えられている訳ではない。[>>4-7]
以下の英英辞典でもドキュメンタリーの定義に再現映像が含まれるという記述は見られないどころか、ドキュメンタリーの条件として証拠能力が求められている。[>>8]
documentary −名 何かに関する事実を提供する映画、ラジオやテレビプログラム。 | documentary −名 (コミュニケーションアーツ/放送)フィクション無しに、又は最低限のフィクションで事実を提示する事実に関する映画やテレビ番組。 −形 1. 証拠資料と関連した、又は証拠資料からもたらされた物から成るドキュメンタリーの 2. フィクションのない、又は最低限のフィクションによる事実に関する資料の |
documentary −名 事実に基づき教育的・情報提供的な方法による政治的、社会的、歴史的な主題の映画やテレビ番組作品。ナレーションを伴う実際のニュース映像やインタビューで構成される事が多い。 −形 1. 証拠資料によって構成された、証拠資料に関する、又は証拠資料に基づく 2. 私見を挟まず、フィクション素材を用いずに、客観的に事実を提示する The American Heritage® Dictionary of the English Language, Fourth Edition copyright ©2000 by Houghton Mifflin Company. Updated in 2009. Published by Houghton Mifflin Company. The Free Dictionary by Farlex. | documentary −名 特定の主題に関する詳細な情報を提供する映画、テレビやラジオ番組。 −形 1. ドキュメンタリー映画、番組、写真などが特定の主題に関する情報を示す 2. 証拠資料で構成された |
クローズアップ現代への反論
クローズアップ現代のうち、女性ダイバーのシーンのヤラセ疑惑と、水産庁の諸貫氏が解雇されたという虚偽を指摘した4分半の場面に英語字幕がつけられた動画がYouTubeにアップされているのだが、そこには上記の「Passerby」と同様のコメントが大量に付いており、これが彼の個人的オピニオンを越えた『ザ・コーヴ』支持者の共通認識である事を物語っている。
ここに付けられているコメントのうち、番組に対する反論や批判のコメントは以下の通り全て「些細なミスの指摘でイルカ殺戮は相殺出来ない」というどれも同様の主張である。
そしてその他のコメントは動画を見た形跡すらないイルカ漁を非難する内容やただの反日コメントであり、そして後半になると日本人による反論コメントが増えているが、ここではそのうち番組に対するコメントのみを掲載する。
映画を見終わった時点で屠殺シーン以外の印象は消えている
NHKの番組の内容に言及したコメントのみを集めてみたのだが、それにしても反応が一様過ぎるのがむしろ気持ちが悪い位だ。
シホヨスは元々は海洋汚染と水銀問題をやりたかったようで、イルカリベラル思想のオバリーはイルカ水族館産業の不買運動が主要目的なのだが、ここに見られる『ザ・コーヴ』の熱狂的な支持者は一様に屠殺隠し撮りシーンのみに反応していてその他の事は全く眼中にはないのである。
どのように多くのearthqaukesが先週でしたか?
そしてその他のシーンが彼等に与えるのは、イルカ漁を隠蔽する日本がいかに悪であるかという印象を与える程度の補助的な役割しかなく、この映画のエンターテインメントの呼び物の筈の隠し撮り器材の設置のスリルシーンに関してはここでは誰も言及すらしない。
オバリーもシホヨスも『ザ・コーヴ』が反日映画である事を否定しているのだが、こういった反響を見ればこの映画が反日アジテートの効果が相当ある事は自明である。
『ザ・コーヴの調査』に対する反響
以下は、「『わんぱくフリッパー』のヒットでイルカパーク用のイルカの需要が増えた事で太地でイルカ漁が始まり、その副産物として売れ残ったイルカの食肉利用が始まった」と『ザ・コーヴ』で主張しイルカパークの不買運動を行っているリック・オバリーの主張が事実無根であると反論する動画『ザ・コーヴの調査』につけられたコメントである。
こちらの動画は米国に関する内容だけにアメリカ人の書き込みが多く、この作者がイルカ飼育産業に肯定的でありながらイルカ漁には否定的というスタンスのためか、動画の内容に納得したという書き込みと、イルカ捕殺や飼育産業をひたすら批判する書き込みにはっきり二分している。
ここではそのうち批判の書き込みを選んでいる。これらの投稿者に共通した事は相手が何を主張しているかは全くお構い無しに、ただ自分の主張を叫び立てるだけという点である。
『ザ・コーヴ』の調査
sachemoV. "Dolphin Show = Dolphin Kill? An Investigation of The Cove" Part 1 Part 2. YouTube, 2011/08/26. Comments *投稿日は日本時間表記 [訳=岩谷] (原文:英語) sachemoV. "Dolphin Show = Dolphin Kill? An Investigation of The Cove" (Comments) Part 1 Part 2. YouTube, 2011/08/26. |
Facebookなどでコーヴやシーシェパードの支持者に対して反論したいから、当ブログの調査を英語で発信して欲しいという要望はよく頂くのだが、私がやる積もりが更々ないのは時間と労力をかけてやったところでカルト相手に意味がないからである。
映画製作の初心者がドヤ顔で書き込んでいるような話
オバリーがIWC会場に乱入する場面。このディスプレイの映像がCG合成である。(OPS) (85'14") |
この人物は『ザ・コーヴ』の流血イルカを見て泣く女性ダイバーのシーンが編集による再現である事を否定せずに、イルカ屠殺は事実であるのだからこれはヤラセではないと主張している。
しかし問題は根拠のない目撃証言に再現映像を付けた物が果たしてノンフィクションなのかという事であり、それが再現映像である事が観客に分らないように作られているからこれがヤラセと言われている訳だ。
イルカ漁が存在すれば根拠のない目撃談も事実となるという彼等のロジックは、まるでツチノコかネッシーの話をしているような次元の主張だ。
それなら海洋生物の水銀蓄積が存在するなら遠藤哲也准教授の発言を切り貼りして水銀汚染を500倍水増しするのも許容され、イルカ漁が存在すればオバリーがIWC会場に乱入した時点で存在しなかった映像をディスプレイにCG合成するのも許容されるのか?
それこそ詭弁だろう。
ドキュメンタリーで再現シーンが許容されるという欧米でもドキュメンタリーの定義はあくまでも「ノンフィクション」であり、フィクションをドキュメンタリーと称する事が許容されるなどアメリカの辞書にもそんな事は書かれていない。
主張が似通い過ぎているが
一方、クローズアップ現代のコメント欄に気になった人物が一人いる。
このユーザー「ccskatepark」の中の人は「太地ドルフィン・アクショングループ」のポール・スラバークであり、当ブログの以前のエントリー「シーシェパード支持者のロジック」にも登場した事がある人物だ。
彼はシーシェパードの支持者で肉食否定主義、キング牧師を引き合いに出すリベラル主義者で、悪いのは一部の漁師と国粋主義者であり、イルカ漁と関係のない大半の日本人を自分達の味方につけようというオバリーの方針を継承している。
そう言えばコメント欄に来た投稿者「Passerby」も当ブログを太地漁協の関係者かと思っているような書き方をしていた。
このポール・スラバーグはFacebookのプロフィールによれば、大学の専攻が生物学、化学、野生生物マネージメントで、現在の職業は「テキサス・デジタル・フイルム」という映画製作の仕事のような事が書かれている。
どのように人間が砂漠に影響を与えましたか?
彼が何歳なのだか知らないがプロフィールではこれは3つめの職業であり、この書き込みもおよそ彼が熟練したベテランとは言えないような内容である。
むしろ実際のところ、最近映画製作を勉強し始めた初心者がドヤ顔で「映画製作は面白い。お前等も勉強すれば分る」と言っているようなレベルの話にしか見えない。
参考資料:
・河島基弘 『ザ・コーヴ』は問題作品か ―あるドキュメンタリー映画の手法と内容の考察― (群馬大学社会情報学部研究論文 2011-3-31)
関連資料:
NHK クローズアップ現代 2010年7月6日放送
スタジオ出演:国谷裕子 (キャスター)、吉岡忍 (ノンフィクション作家)
レポーター (ナレーション):植田大介 (NHK和歌山)、インタビュアー:杉田沙智代 (NHK和歌山)
インタビュー出演:長谷川喜行 (横浜ニューテアトル)、〆谷和豊 (太地町漁協)、三軒一高 (太地町町長)、綿井健陽 (映画監督)、諸貫秀樹 (水産庁)、ルイ・シホヨス、脊古輝人 (捕鯨漁師)
抜粋 (13'41"〜22'13")
国谷:この太地町の人々からこの映画の作り方に今様々な疑問の声があがっています。
植田 [ナレーション]:400年以上前から鯨やイルカの漁が行なわれて来た和歌山県の太地町です。町の人は映画で自分達が一方的に悪く描かれていると憤りを感じています。
映画の中で太地町の人達は一貫して撮影を止めさせようとしています。しかし、これには様々な経緯があったといいます。
2003年、過激な反捕鯨活動で知られるシーシェパードのメンバーが太地町にやって来ました。イルカを逃がそうと網を切るなど実力で漁を阻止する行動に出ました。
太地町漁協 〆谷和豊さん |
シーシェパードは太地町のイルカ漁を止めさせるキャンペーンを始めます。世界の世論を味方につけるために最も残酷な映像には1万ドルの懸賞金を賭けました。
太地町には海外からカメラマンが押し寄せ、生活を守るために撮影を阻止しようとする太地町の人達との間で緊張が高まっていました。
そうした状況の中『ザ・コーヴ』のスタッフがイルカの殺される現場を撮影しようとしていたのです。
映画ではこうした住民側の事情を説明しておらず一方的な見方で描かれていると町は主張します。
太地の町は400年も前から鯨と共に生きている訳です。 太地町 三軒一高町長 |
女性ダイバーのイルカ屠殺目撃は編集による演出
地元の人達の中には、映画は都合のいいように繋ぎ合わせて作られていると主張する人がいます。
これはイルカが殺されるところを見たという女性ダイバーがその残酷さを訴える前半のクライマックスシーンです。
息つぎする度に血が出てくるのが見えた マンディ・クルクシャンク (『ザ・コーヴ』より) |
その一人、漁協職員の〆谷和豊さんは、女性が来た時には入り江にイルカはいなかった。そのためなぜ女性が泣いているのか不思議に思ったと言います。 |
映画を見た〆谷さんは別々に撮影した筈の映像が繋ぎ合わされ一つのシーンになっている事に違和感を感じました。
水産庁の諸貫氏が解雇されたとの表記は虚偽
映画には明らかな事実関係の誤りがあると問題視する人もいます。ドキュメンタリー映画監督の綿井健陽さんです。その一つが最後の場面です。
ここに英語の字幕で「fired」と書いてあるんですよ。 映画監督 綿井健陽さん |
辞めさせられた事になっていたのは水産庁の諸貫秀樹さん、映画の中でイルカ漁の正当性を主張する重要な人物です。映画の制作者は諸貫さんの主張が間違っていると印象付けるために虚偽の事実を盛り込んだのではないかと綿井さんは見ています。
綿井:意図的な虚偽の事実提示としか思えないですね。 |
オリジナル版で解雇されたと世界中に伝えられている諸貫さんは今も水産庁で働いていました。
非常に不快でしたね。 水産庁漁業資源課 諸貫秀樹課長補佐 |
こうした疑問についてルイ・シホヨス監督に聞きました。
シホヨス:2007年に水産庁次長の中前明さんと同じ飛行機に乗り合わせた時に、彼が「諸貫さんが解雇された」と教えてくれた。中前さんが間違ったのかもしれませんね。 杉田:太地町の人達がなぜ怒っているのか考えた事はありますか? シホヨス:私達は真実を見せているだけです。それで腹が立つなら太地町の人達はイルカ漁をやめて何か他の事をするべきです。 |
表現手法への疑問が相次ぐ一方で、太地町には映画を見た人から多くの意見が寄せられています。大半はイルカ漁を止めるべきだという抗議です。このままではイルカ漁が出来なくなるのではないか、漁師達は不安を募らせています。しかし自分達の主張を広く訴える術が見つかりません。
漁師 脊古輝人さん |
国谷:英語版で解雇されたと表現されている諸貫さんですが、日本の劇場で上映されている版には諸貫さんからの申し入れを受け入れて解雇の記述は無くなっています。
そしてシホヨス監督に諸貫さんが解雇されたと話したとされる中前明さん、中前さんにNHKが確認したところ解雇などと答えた事はないという事です。
脚註:
- ^ NHKクローズアップ現代. 『映画「ザ・コーヴ」問われる"表現"』, NHK, 2010年7月 6日(火)放送. [Internet Archive]
- ^ 河島基弘. 『『ザ・コーヴ』は問題作品か?―― あるドキュメンタリー映画の手法と内容の考察――』. 群馬大学社会情報学部研究論集 第18卷 (2011) sited in Academic Knowledge Archives of Gunma Institutes, 2011年3月31日, 38.
- ^ ibid., 39.
- ^ Ann Curthoys, Marilyn Lake. "Connected worlds: history in transnational perspective, Volume 2004", 151. Australian National University Press. sited in Google Books.
- ^ "The Documentary Film". Australian National University Press. sited in Pare Lorenz Center, 2008.
- ^ "What is so special about the theme of environmental documentaries?". the green environmental film festival, 2011.
- ^ "Practical Magazine Feature Writing/ Documentary Forms". University of Winchester, The, 2009.
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